秘密にし、登り、壊した
今シーズンはフィンランドに行けない代わりに、鳳来のエピタフをトライしていた。
記憶している限り「不可能プロジェクト」という名前が最初に使われた課題である。
今となってはV15というグレードは割りとありふれているが、それでも当時プロジェクトだったこの課題は、トライしていなかった僕にとっても不可能に見えた。
そしてエピタフとして完成した後、多くのホールドが欠け、そして隆一君が登った直後、キーホールドの右手のカチが欠けているのが発見された。
エピタフは再び「不可能」になった。
チッピング疑惑
エピタフは、初登後、隆一君が登るまでの期間にいくつかのホールドがなくなった。
僕の知り合いで、当時エピタフにトライしていた人のうち、エピタフのホールドが意図的に破壊されている可能性に言及した人は多かった。
恐らくは、このうち殆どは、タイミング悪く意図せぬホールドが欠損してしまった事例がほとんどだったと思うが、実際にそれがチッピングだったのか否かは僕の知り得ないことだ。
そして、ここ数年、東海で発生しているチッピングと同じく、イニシエーションのように徹底的な破壊を受けた課題が鳳来に存在していることも間違いのない事実だった。
イニシエーションは見ればチッピングを受けたと一目でわかる。しかし、それ以外の欠損とチッピングを見分けることは本当にできるのだろうか?
トライを公表しない
この課題を時間を欠けて登る上で、トライしていることを察知されないということが必要だった。
これはホールドを破壊されないということ以上に、他の人がトライすることで意図せぬ欠損が生じるリスクを下げるという目的もあった。
僕は基本的にSNSやブログでトライしている課題、登った課題を発信するタイプのクライマーなのだが、今回のエピタフのトライは一切公表しないようにした。
実際「最近なにしてるの?」という問いには「プロジェクトやってる」というぼかした回答をしていた。
また、エピタフのトライ時に話しかけていただいた方には、なるべく僕がトライしていることを秘密にしてもらえるようにお願いしていた。
チョーク後もいつも以上に入念に落とした。それでも残っていたので、誰かがトライしていると察した方は多かったかもしれないが・・・
チッピングやホールドの欠損とどう付き合うのか
今回のような対応の仕方は、後ろ向きであまり良くなかったと思っている。
ただ、チッピングを行うクライマーが闊歩している中で、チッピング疑惑のある課題をトライする中で、僕は正直なところ怖かったのだ。
トライを重ねてゆくうちにその思いは強くなっていった。
自意識過剰だったと思うところもあるし、皆に見てもらって期待してもらったり応援して欲しい気持ちはあった。
僕も他のクライマーのトライを知りたいし、成果や感じたことに触れたいと思うから。
自分の中で秘密にしておいていい領域、共有したい領域の境界は未だに明確だ。
これは今も答えが出ないし、今後もずっと悩むことになると思う。
最後に
以下に13日間のトライの記録を長中と書き連ねるが、ただただ長いだけで特に結論みたいなものもないので、付記ということにしておこうと思う。
とにかく、体もホールドも壊れる前に登れて良かった。
久しぶりに長期間、一つの課題に打ち込んで、こういうクライミングはやっぱり楽しいなと再確認できた。
しばらく忘れていた気持ちを取り戻せたと思う。
付記
Day1
2021/3/23
午前中にイニュエンドーを登り、その後握撃でカズマ、しょんと合流。
カズマがハルシネーションを、しょんがイドをやっている中、直撃やハルシネーションにちょっかいを出し、しょんが完登したところでエピタフに移動。
欠けてからちょこちょこホールドを触ってて、何となく頑張ればできるのではと思っていたけど、いざやってみるとやはり悪い。
元々の核心だった右手出しはそこまで問題なかったものの、右手が悪いせいでそこから動き出せない。
思いっきりヒールに乗り込んで一応アンダーをタッチするところまでは行けたので、無理ではないような気がした。
アンダーからの一手は問題なく解決。最後のランジは左の棚に行くことで解決できそうだったけど、これも初日には止まらなかった。
何となく各ムーブができそうなことを確認したところで終了。ホールドが耐えてくれるかどうか怪しいけど、いい目標になりそうだ。
Day2
2021/12/19
カズマのハルシネーションの完登を見つつ、握撃で体を動かす。
直撃で二―バーパッドがかなり有効なことがわかったりしつつ、2時くらいまでのんびりしてしまった。
大分間が空いてしまったが、久しぶりにトライ。
2週間前に木曽でつぶした左踵がヒールの時に痛かったが、何とかムーブは起こせた。
コンディションがあまり良くないからか、やはり前回同様左手のアンダーをすくえない。コンディションがよければ問題なくできそうではあるが。
代わりに棚への遠い一手はようやく止まった。しかしそこからも難しい。
結局左に抜ける選択肢を残しつつ、上部未解決なまま終了。先は長いが気長にやるしかない。
Day3
2022/1/15
鹿児島ツアーや旅行で間が空いてしまった。なかなか週末だけだと継続的にトライするのが難しい。
コンディションは前回よりも良く、一手一手が前回より楽にこなせる。
右手のカチにも慣れてきたのか、ついにアンダーをすくって動き出すところを解決した。これで核心部は一通りムーブが完成したことになる。
ムーブは解決したものの、未だつながるイメージはなく、左手アンダーの結晶にひどく皮をやられて2時頃には終了した。これから指皮との戦いになる予感がする。
道脇にあってかなり目立つため観光客の視線が痛い。一人でやるのはつらい。
Day4
1/31
今回も一人なので観光客の視線が痛い。
とにかく寒いこともありガンガントライするが、指皮が持たない。ムーブ練習するにも指皮問題は悩ましいところだ。
今回はついにアンダーすくいからのノブ取りが繋がった。少しずつではあるけどムーブの流れができつつある。
一方上部は前回やったムーブがなぜかできなくなってしまい、ムーブを変更せざるを得なくなった。なかなか厳しい。
結局2時までやってから、最後にマニックシャマニックのムーブを作り、いい感じによれて終了。
2022/2/9
Day5
週末雨予報だったので、ついに平日ナイトを敢行。
アップ不足と極寒で体が動かないけど、ムーブ練習と割り切ってトライすればそこまで悪いものでもない。
一通りムーブを練習したものの、ノブ取りが意外と気持ち悪い。ヒールをしている足に隠れて、右足のスタンスが全く見えない。
また、途中からやるとヒールのかかり具合が違いすぎて、いまいちムーブを詰め切れない。
この辺の気持ち悪さがこの課題を難しくしているような気がする。
ヒールからの右手カチ取り、アンダーすくいは比較的つながりやすくなってきたので、ついにスタートから繋げ始める。
たいして悪くない一手が増えるだけなんだが、これがまた侮れない。下から繋げると左手の持ち感が一気に悪くなり、またなぜか手が痺れてしまい、カチが持てなくなってしまう。
寒すぎるせいか指と岩の間で結露しているようにも感じる。
結局左手アンダーをすくうところが繋がらず終了。
さすがに就寝は1時ごろになった。
Day6
2022/2/18
週末は天気が悪いのと帰省しなくてはならなかったので、再びナイト。
やはりコンディションが悪く、ぬめりを感じてしまう。それでもさすがに6日もやっているのでムーブの接続はかなり良くなってきた。
棚への一手の時の右手の持ち方もようやく発見し、上部の右上部分もだいぶこなれてきた。いよいよ完登にむけて繋げられそうだ。
下からのトライではアンダーをすくってノブを取りに行くところまでは行けた。あと少しなような気もするけど、まだまだ先は長い気もする。
しかし、ついに右手のカチの結晶が一部崩壊してしまった。最初はかなり悪くなってしまったが、ボロボロ崩れてゆくうちに、人差し指に段差ができて、最終的に元よりも少し良くなった。
これが良く欠けるエピタフの洗礼か。もう欠けないでほしいけど、それは無理だろう。
気を取り直してクロスからヒール、右手だしの部分の練習。左手のしゃくり、ヒールのスライドを発見し、ここは大分再現度が上がった。完登が近づいてくるのを感じる。
Day7
2022/2/26
駐車場でカズマ、しょんと合流して、いったんアップでマニックシャマニックへ。
しょんがアレルギーを発症したため、12:00くらいまでゆっくりアップ。
これまでとは打って変わっていいコンディションになり、明るいのでホールドも見やすい。前回欠けた部分は、少し良くなったものの劇的に簡単になったというほどではなかった。
いよいよ完登を意識しながらトライ。
しかし、やはりどうにも指が痺れてしまい、右手のカチの持ちが悪くなってしまう。
安定してアンダーはすくえるものの、そこから動き出すときに右手のカチが抜けてきてしまう。
ヒールの向きも良くないが、そもそも、この一手の安定性に問題があるように思う。
結局ギリギリノブは取れたものの、いい場所には全く当たらず、棚に飛び出すことはできなかった。
トライ開始した時は完登を感じたけど、最後の2手の精度を上げないと、完登はまだまだ遠いように感じる。
ただ、繋げていると指皮があまり減らないので、思いのほかたくさんトライできることが分かった。
Day8
2022/3/3
天候がなかなか安定しないため、頑張って早起きして仕事を定時で終わらせて単身ナイト。
コンディションはあまりよくないけど、とにかくノブ取りを安定させる必要がある。ムーブ練習を積む必要がある。
初期の右足に戻してみるもそこまで良くない。ごねごねしつつ、思い立って右足一本、正体で乗り込んでみたところ、これが大当たりだった。かなり安定してほぼスタでノブが取れる。
足の入れ替えに若干力を使うけど、元々のブラインドも相当ストレスだったし、何より見返りがかなり大きい。右手をミートさせられれば最後の棚取りも現実的になる。
さすがにコンディションが悪く、つながることはなかったが、かなりコンスタントにノブを取ることができるようになった。
これであとはノブをいい状態で取って、棚取りを止めるだけだ。最後の一手に気持ちを集中させることができる。
ようやく完登が見えてきた。これがラストピースであることを願いたい。
ただし、繋げると今度はさすがにヨレを感じるようになった。ここからはヨレ、痺れ、ぬめりとの戦いになりそう。
Day9
2022/3/10
いい天気が続き、日曜まで待てなかったため、木曜にナイトを強行。また早退を使ってしまった。
今回はカズマが来てくれたので一人ではない。とか言ってたらチャン氏も来ていた。
いつもどおりのルーチンでアップしてトライ開始。開始早々に左膝に違和感が出た。ついに来たか。
これでシーズンの制約と、ホールド欠損、そして膝の爆弾という3つの要因により、早く登らなければならなくなってしまった。
前回見つけたノブ取りのムーブは非常に感触がよく、また、その他のムーブも一発で成功。これはいよいよ、いい感じかもしれない。
基本風はなく、コンディションはそこまで良くないものの、今回から扇風機を持ってきたので、少しはマシになった。極寒の中震えながらトライしていたのが懐かしい。
繋げ一回目はヒールがズレて失敗。やはり膝を気にしてしまう。
二回目はいい状態でノブを取れるも指先が痺れてしまい、棚にデッドした時にノブを持っている右手がすっぽ抜けた。
三回目はアンダーをすくう時に左手の小指の皮が破れているのが目に入ってしまい、気持ちが負けてノブ取りに失敗。いよいよ皮にダメージが蓄積してきた。
四トライ目、二トライ目のときよりもノブの感覚が良くなかったものの、いい状態で杓って、小指を入れることに成功。左の棚へのデッドも少し余裕を残して止めた。
これは完登トライだと意気込んで右手を出して、キャッチした瞬間に、不意に右足が抜けた。これまで抜けたことがなかったところで不意に抜けたため、成す術なく下の石に着地した。
逃してしまった。僕は本当にこういう事が多い。
精神状態は悪くなかったけど、左手の関節が裂けて血が出たのと、時間も時間だったので撤収。
むしろ帰ってきてからと、翌日のほうが悔しかった。
Day10
2022/3/13
ついにday10になってしまった。
いきなりかなり暖かくなりヌメリが心配だけど、案外大丈夫そうな気温だった。
ただ山全体が湿っぽく感じる。
いましさん、こーだい、松田と合流して、とりあえずアップにとマニックに行ってみるとびしょびしょだった。どうも結露しているようだ。
全く岩を触る気にならないのでエピタフに行くと、こちらもびしょびしょ。壁が光っていた。
前日急に暑くなって、気温差で結露したんだろう。
風が吹けばということでのんびり待つも、なかなか風が来ない。のそのそとムーブを起こすも、明らかにぬめる。各ムーブが辛い。前回安定して取れる様になったはずのノブが全く安定して取れない。
更に明らかに左膝が痛かった。痛めたというほどではないものの、痛める寸前まで来ている感じがした。
二時頃になって本気トライを開始。一トライ目で何とか棚取りまで行くも、右手の入りが悪く、耐えられなかった。
コンディションは一向に良くならず、結局四トライするも、一トライ目の高度を超えることはなかった。
精神状態は悪くないが、それでもここまで暖かくなってくると流石に焦る。今シーズン中にチャンスは巡ってくるのだろうか。
最後に一時間ほど撮影をして、動画の素材と写真を集め、ムーブの練習をして終了。濡れていてもある程度ムーブはこなせる。ある意味、コンディションが良ければ絶対にいけるという自信にはつながったかもしれない。
後はいいコンディションが巡ってくるか否か。二回目のフィンランドツアーを思い出す。
Day 11
2022/3/17
カズマ、ケータと合流してまたナイト。そろそろ時期的にも膝的にも登らなくては。
そういえば指男さんがトライしているときもかなり左膝が厳しかったそうで、最終的に完全に痛めて仕事に支障が出たと昔言っていたのを思い出した。
晴れが続いていたので期待したけど、やはり風がなく、朝の結露が乾ききっていない状態だった。この課題は本当にコンディションが難しい。
気温、体の動きは悪くないが、どうも右手の感覚が悪い。何手か繋げると痺れてきて感覚が悪くなってしまう。
下から繋げるも、前回同様右手のノブの持ち感が悪くて棚が止まらない。皮は破れていないけど、一定の期間に集中してトライしたせいで右手の皮がかなりダメージを受けているのかもしれない。
結局9:30まで粘るも左の棚が止まることはなかった。左膝も痛むし焦る。
最後に試しに真上のホールドにランジしてみたところ、これはあっけなく止まった。トライ開始時は止まらなかったランジムーブだけど、やはりトライを重ねるうちに右手のノブが持てるようになったんだな。次回はこれを試してみてもいいかもしれない。
最後に一回と深追いをしたトライでアンダーで左手の人差し指を刺している結晶に皮を割かれた。深追いは本当に良くない。このあたりに精神的な弱さが現れている。
深追いのせいで皮を割かれてしまい、うつむいて帰る羽目になった。
Day12
2022/3/25
単身ナイトへ。もうチャンスは巡ってこないかと思っていたが、運良くチャンスを得ることができた。
もう後はないという気持ちで挑む。
ただ、アップで前回最後にやったランジを試してみるとこれがかなり余裕を持って止められることがわかった。
3回連続で止めて、こちらにムーブを変更することにした。
こちらのほうが単発のムーブは苦しいが、大幅に手数が減るのと、あとオリジナルに近くてかっこいい。
トライ一回目はやはり右手のノブをつかんだ段階で感覚がなくなってしまい、飛び出したはいいもののタッチだけしてフォール。
2回目はある程度しっかり持てていたものの、振られの頂点に至る前にフォール。暗雲立ち込める。
3回目はかなり気合を入れて飛び出したものの、やはり振られの頂点に至る前にフォール。これはダメなやつだ。
単発でなら問題ないが、繋げると全く別物に感じる。全く無理ということはあないけど、これを今日止めるのは相当厳しいだろう。
そもそもこれだけの余力があれば最初から左の棚に行くべきだったのだ。欲を出してしまった。失敗した。
4トライ目。そろそろ体力的限界も近かったが、なんとかノブを取り、左の棚をギリギリ止めることが出来た。
それでもやはりギリギリが悪かったのか、その後も寄せもかなり苦しく、足を解除するところで完全に力尽きてしまった。
そしてこのトライで右の人差し指が再び裂けた。
欲を出して、貴重なチャンスを棒に振ってしまった。自分の弱さが不甲斐なく、また精神的な弱さに腹が立った。
最後に落とされた足のリリース部分を再検討し、より良いムーブを見つけて終了。ムーブの詰めも甘かったということか。
つくづく自分の弱さを突きつけられる。
ただルシッドの様に、トライすること自体に後ろ向きな気持ちではなかった。次絶対に登るという気持ちはずっと持ち続けていた。
Day 13
2022/4/1
ついに年度をまたいでしまった。しかし、寒波が来たおかげで気温は以前低い状態にあった。
ただ、寒波のせいで天気が安静せず、毎日晴れにも関わらず、微妙に雨が降るという天気だった。
天気予報の的中率も著しく低かった。
しかし、翌週からは気温が上がる予報だったので、年度初めにも関わらず休みを取ってしまった。何が何でも登らなくてはならない。
金曜と土曜いずれも晴れ予報だったが、金曜の朝に少し雨が降った。土曜まで待つか否かで迷ったが、土曜はなんとなく天気が崩れる気がしたので、金曜の午後にトライすることにした。
珍しくまだ明るい時間に到着し、入念にアップ。やはり朝の雨のせいで森は湿っぽいが、少し風がある。
もはや普通に登山道を歩くだけでも膝が痛むようになっていたので、慎重にトライ開始。ヒールパート以外の感触はいいものの、やはりヒールパートは膝が痛むせいでなかなか出来ない。
すこし体が温まり、膝の痛みが気にならなくなってきたところでトライ開始。
1トライ目はカチからアンダーに寄せるところで、ヒールがズレてフォール。落ち方が悪く、ヒールが少し残るような形で落ちてしまったため、膝に負荷がかかり、完全に壊したかと思った。
2トライ、やはり膝に不安があり、ヒールが上手くかからない。アンダーを取ったところでフォール。ここ数日はこのパートで落とされたことがなかったので明らかに高度が落ちている。苦しい。
しばらく周辺を散歩して気持ちを落ち着ける。膝は回避する術がないので、思い切ってやるしかない。
3トライ目。このトライはこれまでのトライの集大成的なトライだったと思う。これまで見つけた細かなコツをすべて忠実に実践することができ、ついにみたび左の棚を止めることができた。
深い足を残して右手を寄せるところも、足が抜けないように意識を保つことが出来た。前回見つけたムーブを使って、足をリリースするところも問題なくこなせた。
後は初段程度のパートだが、ここまで来て指の痺れが出た。次の遠いガストンを抑えたところで、指の感覚はもうほとんど残っていなかった。
また、急に高度が伸びたせいか、突然パンプを感じた。
普段なら何でもない一手一手が苦しい。経験的にこういう状態に陥った場合、スッポ抜けて落とされるパターンが多かった。
「これはダメなやつだ」と瞬間的に悟った。
ただ、もう後がない。絶対に落ちたくなかった。
多分これまでのクライミングの中でも一二を争うほど必死だったと思う。体は震え、声が裏返っていたが、それでもなんとかホールドに食らいつき、なんとか最後のガバをクロスで掴んだ。
この時、核心のノブを思いっきり右足で踏み込んでしまった。これまで気にしてそっと置いていたのだが、もはやそんな余裕はなかった。
ガバから動き出したとき、ノブが欠ける感触があったが、それも気にする余裕がなかった。
残り数手をこなし、マントルを返したときの正直な気持ちは嬉しいというよりも「危なかった」だった。本当にやばかった。
降りてきて見てみるとノブの一番かかりの良い結晶が取れていた。触ってみた感じ、まだホールドはあるが、再びかなり難しくなってしまったように思う。
またやりたいと言いたいところだが、膝的に厳しいだろう。
アドレナリンが出すぎたのか、しばらく体の震えが止まらなかったが、帰りの林道を歩いている時にようやく収まってきて、嬉しさがこみ上げてきた。
結果はあまり良いものではなかったけど、いいクライミングが出来たと思う。
たくさん失敗したけど、多くのことを学んだ。フィンランドにつながる貴重な経験だったと思う。
登れてしまえば簡単だった。。。というパターンがこれまでは多かったが、今回はトライしている最中も、登れた後も、これまでで一番難しかったことは疑いようがない。